企業防災完全ガイド:第4回 命を繋ぐ72時間、備蓄品完全チェックリスト

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はじめに:「3日間の壁」を乗り越えるために

大災害が発生した際、交通機関は麻痺し、多くの従業員がオフィスに留まらざるを得ない「帰宅困難者」となります。この状況下で従業員の安全と健康を維持することは、企業の安全配慮義務の核心部分です。

東京都の条例などが示す「3日間」の備蓄努力義務には、明確な理由があります。災害発生後の72時間は、人命救助活動が最優先される「黄金の時間」です。この期間に、帰宅困難者がむやみに移動を開始すると、救助・救急活動の妨げとなり、社会全体の被害を拡大させる恐れがあります。そのため、企業は従業員を安全な事業所内に待機させ、自力で生命を維持できる体制を整えることが、社会的な責務として求められているのです。

本記事では、公的ガイドラインに基づいた、最も包括的で信頼性の高い備蓄リストを提供し、企業が果たすべき責務を具体的に解説します。

生存の基本物資:最低限の備蓄基準

内閣府や東京都が示すガイドラインの核心は、以下の3つの基本項目です。
これは、企業が備蓄計画を立てる上での最低限の出発点となります。

1人1日3リットル × 3日分 = 9リットル
食料
1人1日3食 × 3日分 = 9食
毛布・保温具
1人1枚

【保存版】3日間備蓄品完全チェックリスト

以下のチェックリストは、公的ガイドラインを基に、オフィスの実情に合わせて再構成したものです。これを印刷し、自社の備蓄状況の確認や、購入計画の策定にご活用ください。このリストを網羅することが、真の備えとなります。

品目 推奨数量(1人あたり) ヒント・Rationale
水・食料 飲料水 9リットル
(500mlペットボトル×18本)

飲用だけでなく、アルファ化米の調理や衛生用にも使用。最低でも5年以上の長期保存水が望ましい。断水に備え、水を確保するための 非常用給水袋 (5L) も役立ちます。 

主食 9食

アルファ化米、缶入りパン、乾パン、クラッカーなど。お湯がなくても食べられるものが必須。

副食・栄養補助 適量

缶詰、レトルト食品、栄養補助食品(カロリーメイト等)、飴やチョコレートなど。疲労時の糖分補給に有効。

衛生 簡易トイレ 15~24回分
(1日5~8回想定)

最重要項目の一つ。断水でビルのトイレは使用不可に。凝固剤と処理袋がセットになった 簡易トイレセット や、既存の洋式トイレに設置できる 交換用の処理セット が必須。   

トイレットペーパー 1~2ロール

衛生維持に不可欠。芯なしの省スペースタイプが備蓄に適している。

ウェットティッシュ・
からだ拭きシート
大判タイプを1パック

断水時に入浴ができないため、体の清拭に使用。衛生状態を保ち、感染症を防ぐ。

歯磨きシート・
マウスウォッシュ
3日分

口腔内の衛生は、体調維持や誤嚥性肺炎の予防に重要。水を使わないタイプが必須。

マスク 最低3枚

避難時は埃が多く、また密集環境での感染症予防に不可欠。

消毒用アルコール 共有で数本

手指の消毒や、衛生用品使用前の消毒に。

情報・照明 携帯ラジオ 1部署に1台以上

スマートフォンの通信網は麻痺する可能性が高い。災害情報を得るための生命線。乾電池式または手回し充電式を。

懐中電灯・
ヘッドライト
1人に1つ

停電時の移動や作業に必須。両手が使えるヘッドライトが特に有用。 ライトとホイッスルが一体になったタイプ は、救助を求める際にも役立ちます。 

予備乾電池 ラジオ・ライトの必要数×2

使用する機器の電池サイズを統一しておくと管理が楽になる。

モバイルバッテリー 1人に1つ(大容量)

スマートフォンは重要な情報端末兼連絡手段。充電切れは致命的。

救急・医療 救急セット 1事業所に1セット以上

絆創膏、消毒薬、ガーゼ、包帯、三角巾、テープ、ハサミなど。

常備薬 各自で準備を周知

従業員各自が必要な常備薬(持病の薬、鎮痛剤、胃腸薬など)を個人用ポーチで備えるよう徹底する。

保温・休息 毛布・
アルミ製保温シート
1人に1枚

停電で空調は停止。季節を問わず夜は冷え込むため、体温維持は最優先事項。アルミシートは軽量・コンパクトで保温効果が高い。

簡易ベッド 1人に1台

床での雑魚寝は体力を消耗します。省スペースで保管でき、簡単に組み立てられる 段ボール製簡易ベッド折りたたみ式簡易ベッド は、従業員の休息の質を大きく向上させます。

軍手・革手袋 1人に1双

瓦礫の撤去やガラス片の処理など、怪我の防止に役立つ。

スリッパ・運動靴 1人に1足

革靴での長時間の待機は苦痛。リラックスできる履物や、安全に移動できる運動靴の備えを推奨。

避難用具 大人用防災ずきん 1人に1つ

落下物から頭部を守るための基本装備です。

防災バッグ   1人に1つ

備蓄品や個人の貴重品をまとめて避難するために。防水性の高いタイプがおすすめです。

ビニール袋(大小) 多数

ゴミ袋、防水、防寒、荷物の仕分けなど、用途は無限大。

筆記用具・メモ帳 1人に1セット

伝言や情報の記録に。電源不要のアナログな手段が重要。

見落とされがちな最重要項目:衛生環境の維持

上記のリストの中でも、特にその重要性が見過ごされがちなのが「簡易トイレ」です。
大規模な災害が発生し断水すると、オフィスビルのトイレは即座に使用不能になります。水や食料はあっても、排泄の問題を解決できなければ、衛生環境は急激に悪化し、感染症のリスクが高まるだけでなく、従業員の精神的なストレスは極限に達します。
人間の尊厳を維持し、安全な待機環境を保つ上で、簡易トイレ の確保は水や食料と同等、あるいはそれ以上に重要な項目であると認識すべきです。

基本を超えて:真に「備え」ができている企業の特徴

リストの品目を揃えることは基本ですが、真に実用的な備えとするためには、さらに踏み込んだ配慮が企業の姿勢を示します。

  1. 女性従業員への配慮
    災害時、女性特有のニーズは見過ごされがちです。生理用品、おりものシート、目隠しになるポンチョや大判ストール、クレンジングシートなどの基礎化粧品を備蓄品に加えることは、女性従業員が尊厳を保ち、安心して待機するために不可欠です。この配慮の有無が、企業のダイバーシティへの意識を物語ります。
  2. 「プラス10%」の思想
    内閣府や東京都は、従業員数に加えて、来客や取引先など、災害発生時に社内にいる可能性のある外部の人々のために、備蓄を10%程度多めに確保することを推奨しています。これは、地域社会の一員として「共助」の精神を実践する上でも重要です。
  3. 戦略的な保管場所
    高層ビルにオフィスを構える場合、エレベーターの停止を想定しなければなりません。すべての備蓄を1か所の倉庫に集約すると、災害時に取り出せなくなるリスクがあります。備蓄品を複数のフロアに分散して保管(分散備蓄)することで、いかなる状況でもアクセスできる体制を確保します。

これらの詳細な配慮を重ねることで、企業の備蓄は単なる「物の集まり」から、従業員の心身の安全を支える「生命維持システム」へと進化します。

最終回となる次回は、これらの物資や計画を実際に機能させるための「組織的な取り組み」について解説します。


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