
- はじめに:「3日間の壁」を乗り越えるために
- 生存の基本物資:最低限の備蓄基準
- 【保存版】3日間備蓄品完全チェックリスト
- 見落とされがちな最重要項目:衛生環境の維持
- 基本を超えて:真に「備え」ができている企業の特徴
はじめに:「3日間の壁」を乗り越えるために
大災害が発生した際、交通機関は麻痺し、多くの従業員がオフィスに留まらざるを得ない「帰宅困難者」となります。この状況下で従業員の安全と健康を維持することは、企業の安全配慮義務の核心部分です。
東京都の条例などが示す「3日間」の備蓄努力義務には、明確な理由があります。災害発生後の72時間は、人命救助活動が最優先される「黄金の時間」です。この期間に、帰宅困難者がむやみに移動を開始すると、救助・救急活動の妨げとなり、社会全体の被害を拡大させる恐れがあります。そのため、企業は従業員を安全な事業所内に待機させ、自力で生命を維持できる体制を整えることが、社会的な責務として求められているのです。
本記事では、公的ガイドラインに基づいた、最も包括的で信頼性の高い備蓄リストを提供し、企業が果たすべき責務を具体的に解説します。
生存の基本物資:最低限の備蓄基準

内閣府や東京都が示すガイドラインの核心は、以下の3つの基本項目です。
これは、企業が備蓄計画を立てる上での最低限の出発点となります。
- 水
- 1人1日3リットル × 3日分 = 9リットル
- 食料
- 1人1日3食 × 3日分 = 9食
- 毛布・保温具
- 1人1枚
【保存版】3日間備蓄品完全チェックリスト
以下のチェックリストは、公的ガイドラインを基に、オフィスの実情に合わせて再構成したものです。これを印刷し、自社の備蓄状況の確認や、購入計画の策定にご活用ください。このリストを網羅することが、真の備えとなります。
品目 | 推奨数量(1人あたり) | ヒント・Rationale | |
---|---|---|---|
水・食料 | 飲料水 | 9リットル (500mlペットボトル×18本) |
飲用だけでなく、アルファ化米の調理や衛生用にも使用。最低でも5年以上の長期保存水が望ましい。断水に備え、水を確保するための 非常用給水袋 (5L) も役立ちます。 |
主食 | 9食 |
アルファ化米、缶入りパン、乾パン、クラッカーなど。お湯がなくても食べられるものが必須。 |
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副食・栄養補助 | 適量 |
缶詰、レトルト食品、栄養補助食品(カロリーメイト等)、飴やチョコレートなど。疲労時の糖分補給に有効。 |
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衛生 | 簡易トイレ | 15~24回分 (1日5~8回想定) |
最重要項目の一つ。断水でビルのトイレは使用不可に。凝固剤と処理袋がセットになった 簡易トイレセット や、既存の洋式トイレに設置できる 交換用の処理セット が必須。 |
トイレットペーパー | 1~2ロール |
衛生維持に不可欠。芯なしの省スペースタイプが備蓄に適している。 |
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ウェットティッシュ・ からだ拭きシート |
大判タイプを1パック |
断水時に入浴ができないため、体の清拭に使用。衛生状態を保ち、感染症を防ぐ。 |
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歯磨きシート・ マウスウォッシュ |
3日分 |
口腔内の衛生は、体調維持や誤嚥性肺炎の予防に重要。水を使わないタイプが必須。 |
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マスク | 最低3枚 |
避難時は埃が多く、また密集環境での感染症予防に不可欠。 |
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消毒用アルコール | 共有で数本 |
手指の消毒や、衛生用品使用前の消毒に。 |
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情報・照明 | 携帯ラジオ | 1部署に1台以上 |
スマートフォンの通信網は麻痺する可能性が高い。災害情報を得るための生命線。乾電池式または手回し充電式を。 |
懐中電灯・ ヘッドライト |
1人に1つ |
停電時の移動や作業に必須。両手が使えるヘッドライトが特に有用。 ライトとホイッスルが一体になったタイプ は、救助を求める際にも役立ちます。 |
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予備乾電池 | ラジオ・ライトの必要数×2 |
使用する機器の電池サイズを統一しておくと管理が楽になる。 |
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モバイルバッテリー | 1人に1つ(大容量) |
スマートフォンは重要な情報端末兼連絡手段。充電切れは致命的。 |
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救急・医療 | 救急セット | 1事業所に1セット以上 |
絆創膏、消毒薬、ガーゼ、包帯、三角巾、テープ、ハサミなど。 |
常備薬 | 各自で準備を周知 |
従業員各自が必要な常備薬(持病の薬、鎮痛剤、胃腸薬など)を個人用ポーチで備えるよう徹底する。 |
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保温・休息 | 毛布・ アルミ製保温シート |
1人に1枚 |
停電で空調は停止。季節を問わず夜は冷え込むため、体温維持は最優先事項。アルミシートは軽量・コンパクトで保温効果が高い。 |
簡易ベッド | 1人に1台 |
床での雑魚寝は体力を消耗します。省スペースで保管でき、簡単に組み立てられる 段ボール製簡易ベッド や 折りたたみ式簡易ベッド は、従業員の休息の質を大きく向上させます。 |
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軍手・革手袋 | 1人に1双 |
瓦礫の撤去やガラス片の処理など、怪我の防止に役立つ。 |
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スリッパ・運動靴 | 1人に1足 |
革靴での長時間の待機は苦痛。リラックスできる履物や、安全に移動できる運動靴の備えを推奨。 |
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避難用具 | 大人用防災ずきん | 1人に1つ |
落下物から頭部を守るための基本装備です。 |
防災バッグ | 1人に1つ |
備蓄品や個人の貴重品をまとめて避難するために。防水性の高いタイプがおすすめです。 |
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ビニール袋(大小) | 多数 |
ゴミ袋、防水、防寒、荷物の仕分けなど、用途は無限大。 |
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筆記用具・メモ帳 | 1人に1セット |
伝言や情報の記録に。電源不要のアナログな手段が重要。 |
見落とされがちな最重要項目:衛生環境の維持

上記のリストの中でも、特にその重要性が見過ごされがちなのが「簡易トイレ」です。
大規模な災害が発生し断水すると、オフィスビルのトイレは即座に使用不能になります。水や食料はあっても、排泄の問題を解決できなければ、衛生環境は急激に悪化し、感染症のリスクが高まるだけでなく、従業員の精神的なストレスは極限に達します。
人間の尊厳を維持し、安全な待機環境を保つ上で、簡易トイレ の確保は水や食料と同等、あるいはそれ以上に重要な項目であると認識すべきです。
基本を超えて:真に「備え」ができている企業の特徴
リストの品目を揃えることは基本ですが、真に実用的な備えとするためには、さらに踏み込んだ配慮が企業の姿勢を示します。
- 女性従業員への配慮
災害時、女性特有のニーズは見過ごされがちです。生理用品、おりものシート、目隠しになるポンチョや大判ストール、クレンジングシートなどの基礎化粧品を備蓄品に加えることは、女性従業員が尊厳を保ち、安心して待機するために不可欠です。この配慮の有無が、企業のダイバーシティへの意識を物語ります。 - 「プラス10%」の思想
内閣府や東京都は、従業員数に加えて、来客や取引先など、災害発生時に社内にいる可能性のある外部の人々のために、備蓄を10%程度多めに確保することを推奨しています。これは、地域社会の一員として「共助」の精神を実践する上でも重要です。
- 戦略的な保管場所
高層ビルにオフィスを構える場合、エレベーターの停止を想定しなければなりません。すべての備蓄を1か所の倉庫に集約すると、災害時に取り出せなくなるリスクがあります。備蓄品を複数のフロアに分散して保管(分散備蓄)することで、いかなる状況でもアクセスできる体制を確保します。
これらの詳細な配慮を重ねることで、企業の備蓄は単なる「物の集まり」から、従業員の心身の安全を支える「生命維持システム」へと進化します。
最終回となる次回は、これらの物資や計画を実際に機能させるための「組織的な取り組み」について解説します。